リクオル・オドーラートゥス

全てはここから始まった。

視点…???


※当企画の特殊枠の正体や過去に関するネタバレがあります、閲覧する際は自己責任でお願いします。


ここはリビングだろうか?

しかし、家具の位置や部屋の雰囲気が以前訪れたご夫婦の家のリビングの物とは一致しない。

誰か別の家のリビングだろう。

そのリビングの真ん中には黒髪の男が立っていた。

男に近付いてみると、そこにはあまりにも酷い光景が広がっていた。


「違う…!こんなつもりじゃ…!!」


顔から吹き出るほどの汗、開いた瞳孔で自身が犯した行いを必死に否定している。

男の両手には凶器と思われる血だらけの壷。

床に横たわるのは男の母親、父親と思われる人物。

顔を伝う真っ赤な血、死んだ魚のような虚ろな目…

出血は少ないが普通の人間が倒れるまで壺で頭を殴られて平然としていられる訳がない。

きっと、両者とも恐らく助からない。

原因は不明だが、目の前にいるこの男が突発的に両親を殺したのだろう。

どう見ても彼が犯人としか言いようがない。

声を掛けようにも、自分たちの姿は男には見えないようで黙って見ていると背後から別の人物の声がした。


「お父さん…?お母さん…?」


振り返ると、10代後半から20代前半と思われる女が両手で口を覆い青ざめながら両親と男を交互に見ていた。

恐らく、男の姉か妹だろう。


「あ…あ…違……」


男は必死に言い訳をしようと女に近寄るが、女は一歩後退る。


「ぁ……あ……ぃや…ひ…ひ……人殺し…人殺し!!!!」


彼女は変わり果てた両親とつい先程まで身内だった男が人殺しに成り果てた姿を見ているのが耐えられなかったのか、玄関に一目散に逃げていった。


「違うんだ…殺すつもりじゃなかったんだ…どうして…どうしてこんな事に!!」


男は凶器を手にしたまま、その場にへたり込んで動かなくなってしまった。

女の通報により、男はまもなく警察に引き渡された。

バチバチ、と視界に火花が散ったかと思うと場所が変わり、ここは裁判所。

目の前にいる裁判官によって今まさに判決を下される時だった。


「それでは、判決を言い渡します。」


__…主文、被告人を懲役15年の刑に処す。


_____________________________


…目まぐるしく場所が変わっていく、ここは刑務所のようだ。

先程裁判官により有罪判決を受けた黒髪の男が、刑罰は違えど同じ囚人であろう金髪の男と相部屋で何やら会話をしている。


「…ジオンモナン?」


「あぁ、そこの国はな!薔薇がすげー綺麗なんだ!お前もここを出たら行ってみろよ!とにかくすげーんだぜ!?」


手にしている週刊誌の"今、話題沸騰中の旅行スポット特集"のページを指差しながら、金髪の男は興奮気味に黒髪の男に話しかけている。


「薔薇なんざ興味ねぇよ。たかが植物だろうが。」


黒髪の男はジオンモナンや薔薇に興味がないのか、そもそも旅行自体に然程興味がないのか金髪の男の言葉を一掃する。


「なーんだよー…お前ほんと連れねぇよな…つか今まで何して生きてきたん?生きてて楽しい?」


"生きてて楽しい?"

その言葉を聞いた黒髪の男の表情が一変する。


「テメェに私が生きてて楽しかろうが楽しくなかろうが関係ねぇだろうが、それとも何だ…喧嘩なら買うぞ。」


黒髪の男は金髪の男の胸倉を掴んだ。

金髪の男はやばい、怒らせてしまったと慌てて自身の胸倉を掴んでいる黒髪の男の手を振りほどき、黒髪の男に軽く謝罪をする。


「悪かったっつの!ごめんごめん、もうお前とは関わんねーよ。」


金髪の男は不貞寝してしまった。

黒髪の男はようやく自分だけの時間になったと言わんばかりに、部屋の隅に隠していた啓発本を持ち出して読む。


「…ジオンモナン、ね…」


ぽつり、と呟く。

どうやら、本当にジオンモナンに興味がない訳では無かったらしい。


「…ここを出たら、その場所であれをやってみようか?なんて…。」


黒髪の男は啓発本を閉じ、金髪の男の隣にゴロン、と寝転がって天井を見つめた。

それから男は刑務所で啓発本を読み漁り、地道に自分から他の受刑者や刑務官と交流を重ねていった。

月日が経つに連れだんだんと男の態度や表情が柔らかく、言葉遣いも丁寧になっていった。

…あれ?そういえばよくよくみたらこの男 どこかで会った事がある?それにこの言葉遣いもしかして…?

男の様子をしばらく見ていると視界がチカチカと点滅し始める、また場所が変わるようだ。


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「…クソ…今日もダメだった…。」


ここはジオンモナン。

自分達の知っているジオンモナンの街並みとは似ても似つかない場所だ、街の雰囲気や文明の遅れで推測すると恐らく数年、数十年前…いや、もっと前…数百年や数万年前かもしれない。

でもいつの時代でもジオンモナンでは街の至る所で薔薇が変わらず美しく咲くらしい。

そんな昔のジオンモナンにある商店街の路地裏で、例の男が顔をしかめていた。

何か嫌な事があったのか髪をぐしゃぐしゃと掻き毟り、路地裏の壁をガンガン蹴飛ばしている。


「私はただ両親を殺したせめてもの罪滅ぼしがしたいだけなのに…前科者が世助けとか笑わせんな、そうやって私達を適当な謳い文句で誘き寄せて後から裏切って殺すんでしょう?信じられない、だってさ…なんだよ、前科者は罪を償う権利もないってか?はは…」


どうやら前科持ち故に、どこも、誰も、何も彼を受け入れてくれないらしい。

それはそうだろう、前科持ち ましてや自分の両親を殺した男が手のひら返して善意活動すると言うものなら、普通の人なら到底嘘だ、何か裏があるのだろうと素直に信じられないだろう。

男はポケットからあちこちが汚れ、いつ破れてもおかしくないほどみずほらしい財布を取り出し、チャリチャリと中に入っている小銭を漁り ハァ、とため息をつく。


「金もここに移住して来た時にほとんど尽きた、バイトをしても前科持ちだとバレたらきっと追い出される…私に手を貸してくれる人はいないのか…?今の私は1人じゃ何も出来ない…。」


このまま何も出来ずにひもじい思いをしながら餓死するしかないのか…、とポツリと独り言を呟いた。


「……ん…?」


突然、男は何か閃いたような顔をした。


「そうか!いないなら作ればいい!人間を!」


何を言い出したかと思うと、男は先程までのしんみりとした空気を吹き飛ばし、うきうきしながら一目散に図書館へ駆け込んだ。

魔導を扱うコーナーでありったけの魔導書を貸り、館内にある休憩スペースにあるソファにどっかり座り、借りてきた魔導書を読み始める。


「人間を作る魔導とかねぇかな…それか動物を人間のように動ける魔導とか…お?」


何か気になる魔導を見つけたようだ。

その魔導は自分達も聞いたことがある あの魔導だった。


「"薔薇を人間にする魔導"…?」


あ、確か自分達はこの魔導のおかげで自分達は人間の姿を得たんだったな。

男はこの魔導を見て、何かを閃いたようだ。


「これだ!!この魔導が使えるようになれば私の罪滅ぼしへの活動が出来るようになるはず!」


どれどれ…と男はどんな魔導なのだろうと詳細に目を通す。

しかし、男が思っていた以上にこの魔導は単純な魔導ではなかったようだ。


「えーっとどれどれ…"この魔導を使うにはある程度、薔薇に関する知識がないと失敗してしまいます"?…"この魔導は薔薇を品種改良する魔導と薔薇を遺伝子組み換えする魔導が必須事項となっております"…あー、そういう事…ねぇ。」


喜んでいたのも束の間、全く聞いたことがない単語をつらつらと並べられ理解が出来なかったであろう男の開いた口はしばらく塞がらなかった。

薔薇の品種はおよそ3万〜10万種、もしくはそれ以上と言われている。

原種やモダンローズ、オールドローズは学者や本によってその種類は様々で正式には統一されてはいないが、その3種類のみを厳選しても1万種は余裕で超えるだろう。

それに、薔薇の品種改良も簡単な事ではない。

種子から育てるのはあまり難しくはないのだが、両親として選んだ品種の種子を交配すると、薔薇の良い所は大半が劣勢な為、薔薇の悪いところばかりが出てしまうのだ。

一体どれほど時間を費やせば、この魔導を会得出来るのか到底想像がつかない。

ただこれだけは言える、並大抵の半端な努力じゃこの魔導を使うのは敵わないと。

しかし、男は笑いながら魔導書をテーブルに叩き付ける。


「はは…は…良いだろう、良いだろう!!やってやる!!この魔導を覚えりゃ私に手を貸してくれる人間が出来るって事だろう!?やってやるさ…例えヨボヨボのジジイになっても会得してやる!!」


男はここが図書館だと言うことをすっかり忘れ、天井に指を指しながら大声で高らかに宣言した。

…周りの利用者が若干引いていたのは言うまでもない。

それから男はずっと図書館へ勉強しに入り浸る日々を送っていた。

魔導書の貸出期間を過ぎても、再度自分が借りるだけ。

男はずっと魔導書を片手に館内の休憩スペースでひたすらに勉強をしていた。

男を笑う者もいた、そんな物勉強したってどうにもならないだろう、ただの人間に魔導が使える訳ないだろう…と。

しかし、男は耳を向けずただの人間の身でありながら、ただ、ただひたすら魔導を勉強した。

そう、何年も、何年も、何年も、何年も…

しばらく男の勉強している姿をじっと眺めていると、視界がぐにゃりと歪み始める。

おそらくまた場所が、時代が変わるのだろう。

今度は何を見せられるのだろうか。


_____________________________


今度は何を見せられるのだろうか。

ぐるりと辺りを見渡してみる、どうやら室内のようだ。

室内の様子だが、雨漏れがかなり酷く床もミシミシと軋み、ろくに掃除もしていないのか壁は蜘蛛の巣が張っており、部屋全体がなんだかカビ臭く埃っぽい、今にも壊れそうなボロボロの部屋に飛ばされたようだ。

築年数が古すぎる為に家賃が低い為購入したのか、あるいは自分で家を建てたせいで設計ミスをして目も当てられない惨状になってしまったのかは定かではないが、そんな部屋の真ん中で男は場所は図書館から自宅へと変わってはいるものの、以前と変わらず地道に魔導の勉強をしていた。

掃除をする暇も惜しんで魔導の勉強をしていたのだろう。

髪も切っていないのか、以前は首くらいの長さだった髪は今では床にギリギリ付くか付かないかの長さだった。

余程、薔薇を人間にする魔導を覚える事に執着しているようだ。

勉強している様子を隣で眺めていると男は突然 椅子から立ち上がり、いきなり大声を出した。


「よーしよしよし…魔導の腕も大分上がって来た事だしそろそろ例の魔導を試してもいいだろう!なけなしの金を叩いて薔薇を買ってこよう!」


どうやら例の魔導を試す決心がついたらしい。

男は人間になる土台の薔薇を買う為、カビの生えた貯金箱からジャラジャラとあるだけのお金を取り出し、家から飛び出すと 街に出て真っ直ぐ花屋さんに出向いた。

花に水をやっていた店員はこちらに気付き、手を止め入口の方へ駆け寄り接客を始める。


「いらっしゃいませ!どのお花をお探しですか?」


入口では店員と共にチューリップ、ガーベラ、カーネーション、ユリ…様々な花が男を出迎えてくれる。

しかし目的の花はただ1つ、男に迷いはなかった。


「薔薇を…んー…3本くれ!」


もしかしたら失敗した時用に多めに購入するつもりなのだろう。

店員は男の要望を、喜んで承諾する。


「かしこまりました!どの色がお好みですか?」


店員が冷蔵ショーケースからいくつか薔薇を持ち出して男の前に持ってきた。

赤、橙、黄、緑、紫、白…丁寧に真心を込めて育てられた色とりどりの美しい薔薇が男の目を釘付けにする。


「本日のオススメは白い薔薇ですよ!ほら、とても綺麗に咲いているでしょう?」


店員のオススメも聞きつつ、男は悩んでいた。

金銭面的に全ての色の薔薇を1本ずつは買えない、多くても3本…どうしたものか。

オーソドックスに赤薔薇か白薔薇?いや、変化球で緑薔薇?

橙薔薇も綺麗だし、黄薔薇や紫薔薇も変わった色でいいな…。

なんて、考えているのだろう。

しばらく悩んだ後、男はようやくどの色の薔薇にするか決まったらしく答えを出した。


「どれも綺麗だが…よし、君が勧めてくれた白い薔薇にしよう!白い薔薇を3本だ!」


「かしこまりましたー!」


店員は白い薔薇の中でも選りすぐりの綺麗な白い薔薇を3本手に取ると、手際良く綺麗にラッピングする。


「お買い上げありがとうございました!」


男は手早く会計を済まし、店員に軽く礼を言うとさっさと花屋を出た。

早く魔導の準備をしようと急いで家に帰る。

帰ってすぐにラッピングを剥がした、綺麗に包んで貰ったのに勿体無いとは思いつつ…。

萎れないよう水を入れた花瓶に移し替えて白い薔薇をじっと見つめる。

そして何かを考え始めた…せっかく薔薇を購入したのに何故か納得がいかないらしい。


「…んー…白薔薇としては申し分ないくらいに綺麗なんだが…このままだと何も面白くないな…。…よし。」


何を思ったのか、男はいきなり左手の人差し指にナイフを突き刺した。


「いてっ」


人差し指からボタボタと赤い血が滴り落ちる。

…あ、そうか。

自分達は人間の形をしているとは言えど血は薔薇の色と同じ色の血を流す、けど男はただの人間だから血は赤いんだ。

男は急いで別の花瓶に血を注いだかと思うと、先程花瓶に生けたばかりの白い薔薇の内の1本を取り出し、自分の血を注いだ花瓶に移し替える。


「よし、こんだけ血ぃ出せばちょっとくらい吸うだろ。血を吸わせた白薔薇、血薔薇と名付けよう。見た目が不思議の国のアリスに出てくる赤いペンキで塗った白い薔薇っぽくなれば完璧だな。そんで…」


男はティッシュで軽く止血すると台所から使いかけの砂糖を、リビングの戸棚から薔薇専用の活力剤を取り出す。

ついでに先程血を注いだ物とはまた別う別の花瓶を持ってきた。

何をするのかと男の行動を見ていると、男は花瓶に水を適量注ぎ、その中に砂糖と活力剤を入れ軽く混ぜる。

そして、ティッシュを敷いたテーブルの上に残りの砂糖を全て出すと、さっき生けたばかりの白い薔薇をまた1本取り出し、薔薇全体に砂糖をまぶし始める。

腹が減ったから適当に台所にある調味料をかけて苦味を誤魔化して食べるつもりだったのだろうか、いや違う。

砂糖を纏わせた薔薇を先程水と砂糖、活力剤を混ぜた液体が入っている花瓶の中に生ける。


「ちょうど砂糖を貰ったんで、砂糖を全体にパラパラとまぶして馴染ませて…前にちょっと奮発して買った活力剤と砂糖水を混ぜて作って…そんでぶち込めばなんちゃってローズシュガー改め薔薇糖。本当は卵白を全体に塗れば均等に砂糖が付くんだけどまぁ…良しとしよう。」


…卵もろくに買えないのだから、男の暮らしはまだ貧乏から抜けられていないようだ。

そんな事はさておき、次はどうしようか?と何も手が施されていない白い薔薇を見ている。

普通の白い薔薇を人間にするという選択肢は、もう彼にないようだ。


「最後はどうしような…活力剤もさっき薔薇糖を作るときにぜーんぶ使っちゃったしな…敢えて水も栄養も与えないで枯らす、とか?まぁこれだけ窓辺に置いてじわじわドライフラワーと同じ要領で枯らせておけばいいか。枯れた白薔薇で枯薔薇…で良いか。ちょっと安直だけど。」


男は最後の白い薔薇を取り出すと水気を軽く切ると無造作に窓辺にポイ、と投げ放置した。

この様子…どうやらただの白い薔薇3本では面白味がなく味気なかったのか、血を吸わせたり砂糖をまぶしたりと男なりに白い薔薇にアレンジを加えたのだろう。

そんな事をして薔薇が人間にならず、魔導が失敗したらどうするつもりなのだろうか。

まぁ1つの魔導に異様とも言える執着心があるこの男の事だ、大丈夫 次がある!と言いそうだが。


「よし!大体1週間もすれば完成するだろう!楽しみだな〜。」


窓を見ると、いつの間にかとっぷりと日が暮れていた。

余程白い薔薇のアレンジに熱中していたのか、いつの間にか相当時間が経過していたようだ。

そのせいで疲れてしまったのだろう、風呂と食事は後回しにするのか仮眠を取ろうと ふぁ、とあくびをすると寝室に入っていってしまった。

男を追いかけようと寝室に入ろうとした次の瞬間、視界がバチバチと火花を散らす。

この間に1週間経過したようだ。

この夢の中では1日、1週間、1年…ましてや10年なんて月日は秒単位であっという間に経過していくな…と考えていると男がニコニコしながら寝室から出てきた。

余程この日を楽しみにしていたのか、いつもより気分が良さそうだ。

1週間前に仕込んだ薔薇の様子を見ると、良い出来だったのか満足そうに持ってきた。


「あれから1週間!血薔薇も全部染まったとは言い切れないがそれでも半分は血を吸ったし、薔薇糖も美味しそうに…じゃなかった、砂糖が剥がれる事なく綺麗に乾燥したし、枯薔薇も干からびて完全に枯れた!これで薔薇を人間にする土台となる薔薇は完成した!さて、最終準備だ!」


男は水に浸した筆を使い、床に大きく魔法陣を描き始める。

描き終わると、水が乾く前に魔法陣の中心に1週間前に仕込んだ薔薇を置く。

これで後は魔導を発動するのみ。


「後は薔薇に向かって人間にする魔導をかけるだけ…落ち着け…ちゃんと魔導の復習はした…出来る、出来る。出来る!今の自分なら出来る!」


男は自分を奮い立たせると、3本の薔薇に向けて魔導を発動する。


「血薔薇、薔薇糖、枯薔薇!!さぁ、人間になれ!!」


魔導を受けた薔薇は魔法陣を中心に輝き始め、メキメキと音を立てながら人の形に姿を変えていく。

部屋全体を包み込む光が徐々に弱まっていくと、枯薔薇からは30代前後の茶髪の男、血薔薇からは物静かそうなピンク髪の少女、薔薇糖からは中性的な白い髪の男の姿に変わっていた。

…鳥肌が立った、この3人に自分達はよく見覚えがある。

容姿や雰囲気が知っている今の3人と少し異なるが、あの姿は完全にジャックにニュロ、オロニ本人達のものではないか。

じゃあ、あの3人は本当は人間ではなく自分達と同じ"作られた薔薇人間"だと言う事か?

…通りでただの人間と言っている割に、ただの人間以上に長く生きていると言っているのはおかしいと思った。

じゃあ、あの写真の意味は…。

オロニは ぱちぱちと瞬きをすると、丁度視界の端にいた男に視線を移し ニコ、と笑みを浮かべる。


「…あら、ご機嫌麗しゅう♡わたしくを目覚めさせたのはお前ですか?♡」


…成功した、長年の努力が実を結んだ。

やっと念願の薔薇を人間にする魔導を発動する事に成功した!

男は感極まり、思わず大きな声を出してしまう。


「せ、成功した…やった!やったぞ!!」


男のあまりに大きな声に、ニュロは耳を塞いでしまった。


「…うるさい…。誰、君?」


ニュロは男を睨む。


「え!?あー、自己紹介は後にして!人間として目覚めたばかりの所を申し訳ないんだが、お前達を見込んで頼みがある!!」


「……。」


いきなり何なんだこの男…怪しい、怪しすぎる。

と言わんばかりに、ジャックは身の危険を感じ、自分の安全を確保する為に部屋の隅に逃げようとする。

慌てて男はジャックを捕まえて落ち着かせる。

何とかジャックを落ち着かせると、3人の目の前で男は土下座をした。

驚いた顔をして男の方を見る3人。


「頼む!!この通りだ!!私を助けてほしい!!」


…しばらくの沈黙の後、ようやく出た言葉がこれだ。


「…は?」


無理もない。

いきなり人間として目覚めたら男が土下座しながら自分を助けてほしいと頼んでいるのだ。

この世界は漫画やゲーム、バーチャル世界でもなければ、自分達がただ命令を聞くだけのロボットのような存在という訳でも何でも無い。

この世界は紛れもない現実だし、元は薔薇だけどちゃんと自分の意志を持っている人間なんだ。

素直に はい、かしこまりました 貴方の仰せのままに。等と言えるわけない。

実際に自分達がそうだったのだから。


「…やっぱり信用出来ないね。」


ジャックが今度は玄関のある方向に逃げようとする。

せっかく善意活動に必要な人材が得られたのだ、今ここで逃げられたら溜まったものではない。

しかも魔導で薔薇が人間になったと知れば、街は大騒ぎになるだろう。

男は慌ててジャックを引き止める。


「待って!待ってくれ!!頼むから行かないでくれ!!」


男のあまりの慌てように、ジャックは呆れてしまっている。


「…じゃあ自分の名前くらい名乗っておくれよ。身分も、ましてや名前すら明かさない怪しい君に、僕が手を貸すと思っているのかい?」


最もである、3人は元々ただの白い薔薇だ。

男が前科持ちなど、知る由もない。

だから、特に隠す理由などないはずだ。


「わ、分かった!分かったから!!わ、私は…私の名前は…メイ…いや…。」


しかし、本名を名乗るのは戸惑ってしまう。

3人にバレてしまったら、きっと3人は自分を軽蔑し 自分の元からいなくなってしまう。

男はそれを恐れているのだ。

どうしよう、でも名乗らないとジャックが出ていってしまう…男は慌てているとふと棚に置いてあった使いかけの香水が目に入る。

卵すらまともに買えない男の金銭問題から察するに、誰かから貰ったのだろう。

男はそんな香水を見て、何か閃いたようで改めて名を名乗る。


「私はリクオル!リクオル=オドーラートゥスだ!」


ここまで言われれば、自分達は一体夢の中で何を見せられているのか分かるだろう。

そう、これは香薔薇の大魔法使い リクオル=オドーラートゥスの人生を第三者視点として夢で見ているのだ。

そして、そのリクオルに人間として作られたのがジャック、ニュロ、オロニだと言う事。

視界がぐにゃりと歪む、また場所が変わるようだ。

これ以上何を見せられるのだろうか。


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ここからは、ダイジェストのようにリクオルの人生が流れていく。

あれからリクオルは何とか3人を上手く丸め込むように説得させ、共に贖罪の為の善意活動を始めた。

善意活動を始めた最初こそ 周りの人間に 馬鹿らしい、阿呆らしいと指を刺され、肩身の狭い思いをしていた。

人間に面白半分で石や枝を投げられ怪我をする事もあった。

食費も3人 人が増えた事で膨れ上がりまともに食材を買う金もなく、ある日の食事は木の実や野草だけ なんて日々もあった。

しかしそれでもリクオルに"贖罪の道を諦め、悩める人々を救う善意活動なんて諦めてしまおう"という考えは頭にはなかった。

どんなに指を刺されても地道に、少しずつ、確実に悩む人々を魔導で救っていった。

善意活動を少しずつ積み重ねていく内に、いつしか彼に向ける軽蔑の言葉は無くなっていき、感謝の言葉へ変わっていく。

長い時間をかけて、リクオルはいつしか"香薔薇の大魔法使い様"と呼ばれる程 人として、も魔法使いとしても大きく成長を遂げていった。

そして薔薇から人間に姿を変え共に善意活動をしていく仲間となったジャック、ニュロ、オロニ…。

元々薔薇だった人間と普通の人間が善意活動をしながらひとつ屋根の下で過ごすのだ、最初はうまく行かない事もあり喧嘩が耐えなかった。

元は同じ白い薔薇でも、今は1人 1人人間として生きているのだ。

それぞれ考える事や趣向等、全てが違う。

それでも地道に交流を重ねていくうちに 家族愛や友愛、親愛や憎しみ愛、兄弟愛等 形はそれぞれ違うものの、徐々にお互いに絆のようなものを深めていった。

そしていつしかそれは、家族のようなものになっていった。

…あれから月日は30年から40年程流れた。

普通の人間であるリクオルは80歳、90歳くらいのお爺さんになっており、迎えが近いのか床に伏せていた。

今までは一時的に若く見せる魔導を使ってニュロに体を支えられながら何とか善意活動に取り組めたものの、老いというものは実に残酷で遂に体は魔導を使っても老いを誤魔化せなくなったらしい。

寿命に限りのある普通の人間と、事実上永遠の不老不死である薔薇になった人間はずっと一緒に生きる事は出来ない。

…そう、別れが刻一刻と近付いているのだ。


「どうやら…私にもそろそろ迎えが来るようだな…。」


全盛期の威勢の良かった面影はどこへやら、ゲホゲホと咳をしながらリクオルは布団の中でぼーっと天井を見ていた。


「リクオル…。」


ニュロが心配そうに、リクオルを見つめている。

そう悲しむな、と言うようにリクオルは震える手でニュロの頭を優しく撫でる。


「もう私は満足だ、何も思い残すことはない。ただ…お前らに頼みがある。聞いてやってくれるか?」


歳を重ねていきどんなに変わって姿になっていっても、オロニは今も昔も変わらない笑みを彼に向ける。


「…聞ける範囲でお願いします♡」


リクオルはゆっくりと口を開く。


「…私のかわりに今度はお前たちが人助けをしてくれ。…頼む、この通りだ。私がいなくなっても、世のため人のために活動していってくれ。」


ジャックは少し考えるフリをして、リクオルの言葉に答える。


「…まぁ、するかは置いといて…君の遺言として受け取っておくよ。」


良かった、これでゆっくり私は休める。

ジャックの言葉を聞いたリクオルは満足したのかゆっくりと目を閉じる。そして…そのまま二度と目を開ける事はなかった。


_____________________________


そこからは、あっという間だった。

リクオルの近くにいた薔薇人間だと悟られないよう 変装してから棺とありったけの薔薇を購入した。

棺にリクオルの亡骸と沢山の薔薇、そして彼の想い出の品を棺に納めると予め掘っていた彼の家の庭に棺を埋葬した。

大魔法使い様が死んだのだ、墓荒らしの可能性も否定出来ない。

何より大魔法使い様が死んだなんて知れば、彼に救われた人々が黙っている訳がない、大騒ぎになる。

なので、リクオルの死そのものは世間には公表せず3人だけの秘密にする事にした。

その為 墓石にリクオルの名前を刻むことはせず、名変わりに目印に白い薔薇を3輪添える事にした。

…この白い薔薇がリクオルと自分達を結ぶ思い出深い物だから。

簡易的な葬式ではあったが、本人もこれで満足だろう。

後はリクオルの遺品整理をするだけとなったジャック、ニュロ、オロニはリクオルの部屋を掃除していた。

掃除の途中、ふとジャックはずっと気になっていた事をポツリ、と口に出す。


「…そういえば、僕らっていつになったら薔薇に戻るんだろうね?」


ニュロとオロニは掃除していた手をピタリ、と止める。

しかし、ニュロは興味がないのか再び掃除をしようと手を動かす。


「さぁ…?その内戻るんじゃないの。」


えぇ…とジャックが困った顔をしていると オロニが何か閃いたような顔をする。


「あ!リクオルの遺品の中に薔薇人間に関する魔導書とかありそうですよね!探してみましょうよ♡」


…この兄弟は今も昔も相変わらずのようだ。

そういえばこの2人、さっき流れてきた映像では人間になりたての頃は今のように仲の良い兄弟ではなかったな。

オロニは相変わらずだったが、ジャックがなんだかいつもより大人しかったというか…。

色々気になるが、今はこの2人の兄弟仲の話は重要ではない。


「流石兄さんだね!じゃ、探そうか。よいしょ…っと…。」


ジャックは埃を被っている本棚から、魔導書と思われる本をいくつか取り出す。

軽く埃を払ってから魔導書を開き、パラパラとページをめくる。

薔薇人間に関する魔導が綴ってある魔導書はどこか探し始める。

しかし中々該当する魔導が書いてある魔導書は見つからないようで、残す魔導書はあと1冊となってしまった。


「残りはこの魔導書だけどこれかな…んー…あ!あったあった。えーっとなになに…。」


どうやら最後の魔導書に薔薇人間に関する魔導が綴ってあるページを見つけたらしく、目を通し始める。

しかし、通し始めてすぐジャックに異変が起こる。


「……え?」


ジャックは両手に持っていた魔導書を床に落とした。

ジャックの様子がおかしい事に気付いたオロニが彼に歩み寄る。


「おや、どうしたのですジャック?調子でも悪くなりました?」


オロニがジャックを宥めているとニュロが落とした魔導書を拾い、先程ジャックが見ていたページに目を通し始める。

彼女の反応も先程のジャックと同じ物だった。


「なんだ、そんなに驚く事で、も……!」


開いた口が塞がらなくなるニュロは、冷静さを失いつつもオロニに魔導書を渡し該当のページを読ませる。


「…!…あらあらまぁまぁ……」


何が綴られているのだろうと、どうせ自分達も姿が見えないのをいい事にオロニの後ろから魔導書を読む。

ページの下部にこんな事が綴られていた。


"薔薇に戻るには、薔薇を人間にする魔導をかけた本人が発動する解除魔法でないと薔薇には戻れない。尚、魔導をかけた本人が理由はどうであれ死亡すると人間になった薔薇は恐らく薔薇としても、人間としても死ぬことも出来ず、永遠にこの世に生きる事になる為、注意が必要である。"


場面は激しく変わる、まるで他人の走馬灯を見せられているように。

あれからリクオルの遺品を全て整理し終えた3人はリクオルの遺言通り、各地で人助けをするべくバラバラになっていった。

かつての同期で昔は3人で一緒に一つ屋根の下で暮らしていたと以前ジャックが言っていたのを思い出した、どうして今まで離れ離れになっていたのがここでようやく合点がいった。

3人共、リクオルの遺言に従っていたのだ。

しかし、3人を待っていたのはこれから何にも縛られる事なく暮らしていける幸せなんかではなく、これから人間としてずっと生きていく為に背負い続けていく苦しみや悲しみ、憎しみだった。

ジャックが泣きながらかつてのリクオルのように片っ端から必死に魔導を頭に叩き込んでいる姿、ニュロがリクオルから貰った思い出の品を処理し魔物を狩り形は違えど世助けする姿、オロニが旅の途中 欲に目が眩んだ人間に目を取られ四肢を切断され人間に怨みを持っていく姿…。

薔薇に戻れず永遠に人間として生きる定めを背負わされた3人はどれも過酷、あるいは悲惨な運命を辿ることになった。

そう、人間でもなければ薔薇でもない中途半端な薔薇人間のせいで。

その途中でジャックが、リクオルの姿をしばらく見ていない事を心配そうにしている街の人に"リクオルは遠い世界へ旅に出た"という嘘の情報を流したり、真夜中に様々な施設に忍び込んでリクオルについて綴られている歴史書や古文書をある時は黒く塗り潰したり、ある時は綴られているページごと破った。

街の人に嘘の情報を流したり歴史書や古文書の一部を破ったり塗り潰した理由…それは恐らく自分達がリクオルの隣にいた薔薇人間と同一人物だと知られない為に行ったのだろう。

バレてしまったらリクオルの死がバレてしまうことは勿論、きっとここにはいられなくなるから。

この辺りに伝わる童歌もきっとジャックの流した嘘から出来た歌なんだろう。

ジャック達が抱えてきた苦悩が色々分かったような気がしなくもない。

…どれくらい時間が経ったのだろうか。

何十年、何百年、何千年、何万年…気が遠くなるような月日が一瞬のうちに流れた。

そして、自分達がよく知っているあの場面が映った。

そう、ダーズンローズが人間として目覚めた日。

ジャックが自分達ダーズンローズを人間にしたあの日に。


_____________________________


チュンチュン、と小鳥の囀りが耳に入ってくる。

ここでようやく目が覚めた。

…どうやらホテルのベッドで眠っていたようだ。

服はそのままなので、きっとあの森でリクオルが6人全員を眠らせた後 魔法か何かを使ってホテルのベッドに運んだのだろう。

そして今の夢は…リクオルの人生のほんの一部、そして死して肉体を失い 亡霊として彷徨っていた間見てきた出来事の2つを"夢"として見せられたのだろう。

…この見せられた夢により、どうしてジャック達が頑なに自身をただの人間と自称しているのか、リクオルとは何者なのか、どうして自分達は薔薇人間として生まれてこれたのか…全てを理解してしまった。

させられてしまったと言った方が正しいのだろうか。

幸い夢の中での出来事は覚えているんだ、落ち着いて整理しよう…つまりこういう事だ。

"自分達を人間にしたジャック、彼に呼び出され自分達のサポート役として共に行動することになったニュロとオロニもまた自分達と同じ薔薇人間だと言うこと"。

そして…

"薔薇を人間にする魔法を発動したリクオル自身が、薔薇を人間に戻す魔法を生前唱えなかった為、リクオルの死後3人は薔薇に戻ることは愚か、人間として死ぬ事も叶わず永遠に薔薇人間として生きる選択をさせられる事になった"と。

見ていた夢の中での出来事を頭でまとめていると コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。

外から自分を呼ぶ声も聞こえてくる。

もしかしてその声は…ベッドから飛び起き、急いでドアを開けるとそこには…


「…ただいま。」


サラールの黒魔導により薔薇に戻されてしまった、今1番会いたかった人がそこに立っていた。


リクオル・オドーラートゥス 終


※参考…新しいバラを作る〜新種作出のよもやま話〜


別れの時まで、愛はその深さを知らない

視点…???


無事に呪いを解き元に戻った仲間に連れられ、リクオルの元に集まる。

ニュロもオロニもリクオルに集められたようだ。

リクオルから何か話がある様子。


「…全て分かったようだね。全て…全て。」


リクオルは目を伏せると、ポツポツと語り出す。


「そう…私は両親をこの手で殺し、贖罪の為にジオンモナンで世助けをしようとしていた。しかし前科者に手を差し出す人間なんて1人もいなかった。ジオンモナンに来た際に有り金は全て溶かしてしまったから1人じゃ何も出来ない、それ故に人がいないなら作ればいいという結論に至り、必死に魔導を勉強した際にこの地ならではの薔薇を人間にする魔導を見つけてな。」


ニュロとオロニが目を背ける。


「必死に勉強したんだ。薔薇を人間にするには薔薇に関するある程度の知識、品種改良や遺伝子組み換えの魔導も高難易度の魔導だった。でも自分と一緒に動いてくれる人が欲しくて、欲しくて藁にもすがる思いで勉強した。そしてある程度魔導の腕を上げた時、試しに魔導を発動してみようと街で買った白薔薇を人間にしようと試みた。でもただの白薔薇じゃ面白味がないからね。1輪は水も栄養も与えずわざと枯らして、1輪は自分の血を吸わせて、1輪は砂糖をまぶしたものに栄養のある砂糖水を吸わせた…もうここまで言えば分かるだろう?」


もう、もう全部分かっている。

分からされたという表現が正しいが。


「ジャクリーヌとニュロ、オロニ…その3人が…」


"私の魔法で人間になった薔薇なんだよ"


…黙ってリクオルの話を聞くことしか出来なかった。

だって何を言っていいのか、何を問えば良いのか自分達には分からなかったから。


「そして、私が薔薇に戻る魔法を唱えず死んだ事により薔薇に戻る事は愚か、死ぬことも出来ず永遠に人間として生きる宿命を背負わせてしまった悲しき人間。」


…"薔薇人間を薔薇に戻すには、魔導をかけた本人の解除魔導を唱えなければ薔薇に戻らない"。

それを誤ってしまった例がジャック達となるのだろう。

しかし、薔薇人間に関する魔導は難易度が高く普通の人間なら諦めてしまうほどとても、とても難しい魔導。

リクオルは執念により魔導を会得出来たが、リクオルのような人間が2人も出てくるとは限らない。

ジャックがいなければ自分達は薔薇人間として生まれてくることはなかったはず。

一体何が正解なのか分からなかった、いや…正解を求めるのが間違っているのもしれない。

頭が混乱してきた。


「私はそれが心残りでね。成仏しようにも出来なくて…はは、笑えるだろう?」


はは、とリクオルは苦笑いを浮かべる。


「私が薔薇に戻さなかったから彼らに沢山の悲劇を招いてしまった。」


それが成仏できずに未練を抱えこの世を彷徨っていた理由だったらしい。


「…だからずっと考えていたんだ、そしてある結論に至った。」


リクオルは自身の棺に供えられていた魔導書を取り出しながら、ある事を口にする。


"これ以上お前達のような悲劇を生み出す前に、薔薇人間に関する魔導をこの世から消去する"


そんな魔導があるのか?あったとして本当に出来るのか?

いや、相手は香薔薇の大魔法使い様と言われていた偉人だ。

それくらい容易くやってのけるだろう。


「生前にな、ひっそり作っていたんだ。誰にも、ましてやジャクリーヌやニュロ、オロニ達に知られなくて良かった。お前たちが知ったら悪用しかねないからな…なんて。」


軽く悪態をつきながら、先程取り出した魔導書をニュロに渡す。


「"魔導をこの世から完全に消去する魔導"だ。但し、薔薇人間を生み出した事実や関係は消えないんだけどな。だからお前達はジャクリーヌが人間に戻さない限りはこれからも薔薇人間として生きていけるし薔薇にも戻れるだろうよ。」


魔導を唱える前に自身を気持ちを落ち着かせるべく、深呼吸をする。

そして…


「上手くいくといいんだが…。」 


リクオルは天に向かって祈りを捧げながら、魔導を発動する。

ふわり、と辺りにそよ風のような優しい風が吹き始めた。

魔導書が淡い光を帯び始める。

自分達は息を潜め、リクオルが放つ魔導をじっと見つめていた。

しばらく淡い光を放った魔導書は徐々に光を失い元の魔導書へと戻っていく。


「…どうやら成功したようだな。」


ニュロが魔導書を開き、薔薇人間に関する魔導に該当するページを確認する。

薔薇人間に関する魔導が綴られていたページはまるで最初から何も書かれていなかったかのように、真っ白になっていた。

おそらく、もしかしたら世界のどこかに残っているであろう魔導書に綴られている薔薇人間に関する魔導も跡形もなく消えているだろう。

本当にこの世界から薔薇人間に関する魔導は綺麗サッパリと消えた。


「…魔導書にもあったがとっくの昔に死んだ私には、お前達を薔薇に戻すことは出来ないみたいだ。世界は残酷だが、これからもお前らは永遠の時を人間として生きていくんだ。だから、こんな形でしかお前達に詫びる事しか出来ない、本当にごめん…ごめんな…。許せなんてそんな簡単な言葉じゃ現せない、だけどこれ以上新たな悲劇を生み出すのを封じる形で許してほしい。」


リクオルが謝罪の言葉を口にするも、2人は黙っていた。

リクオルを許せるのか、許せないのか。

それは本人たちのみぞ知る。


「…ジャクリーヌの体もそろそろ限界だろうな、時間みたいだ。最後にこれだけ言わせてほしい。お前らがどんなに私の事を憎んでいても、お前らの事はずっと我が子として、家族として愛していた。」


リクオルはニュロの頭をそっと撫でる。

ニュロは今にも泣きそうな顔をして、リクオルを見つめている。

オロニは黙ってニュロがリクオルに撫でられる様子をその目で見ていた。


「…お別れだな。…もう心残りはない…もう十分だ。これでようやく眠れる。次に会えたら…その時は…また…。なんて湿気た言葉は私には会わないな、こんな時だからこそ、笑顔で別れよう。」


ニュロを撫でる手を止めると、リクオルは天を仰いだ。

リクオルの体がキラキラと星のように煌めく。


"さようなら"


最後に2人に向かって優しく微笑むと、リクオルの魂は空高く昇っていき やがて消えていった。

ようやくリクオルから解放されたジャックは、グラグラと体が揺れた後仰向けに倒れそうになる。


「ジャック!!分かりますか?お兄ちゃんですよ!!」


すかさずオロニがジャックに駆け寄る。


「…………兄さん…?」


リクオルがジャックの体から抜けた事により、ようやくジャックは自分の体に戻る事が出来たが、当の本人は休む間もなく長い事リクオルに憑依されていたせいで体に相当な疲労が溜まっているらしく フラフラしておりオロニに体を支えられていた。


「………リクオル……。」


リクオルの魂が昇っていった空を見上げながら、ニュロは一筋の涙を零した。

一度のみならず二度の別れ。

しかし本当に、本当にこれでリクオルとはお別れなのだ。

どんなに望んでも、もう2度とリクオルには会えない。

自分達はどんな言葉を彼らにかけようかと、戸惑っていた。

そしてジャック、ニュロ、オロニ…と、彼らの名前を言いかけた所でジャックが震える人差し指で口を塞いできた。

え…?と驚いた顔でジャックを見てしまう。


「……何を寝惚けた事を言おうとしてるのかな。僕は、僕たちは…」


_…ただ薔薇が好きなだけのただの人間、ただの大魔法使い様さ。


カーストバースデー 終


◀Chapter4 Chapter5▶