目覚めのダーズンローズ達

ダーズンローズ達が人間として目覚める話

視点…セアリアス=アオフリヒティヒ


ここは、どこだろうか?


ゆっくりと、目を開くとそこはアンティーク調の家具が部屋の隅々までずらりと並び、きらびやかで大胆なシャンデリアが部屋を明るく照らす大きな部屋。

その部屋の中には、男が1人いるだけ。


気が付いたら、その中に私"達"はいた。

自分は誰だ、そもそも自分は誰だったと言える存在だったのだろうか?

分からない、何も分からない…

それより首筋がちくちくとくすぐったい、首筋をくすぐる何かにそっと触ってみる。

青くて長い髪…これが自分だろうか?

…髪?髪がある?

それに今、私は自由に物に触れて自分の思い通りに動かせてる?

どうして髪に触れられた?

これが手と言うやつだろうか。

何故私に"こんなもの"が…?

訳が分からなくなり、一度状況を整理すべく辺りを見回すと私の他にも赤、桃、橙、黄、緑、紫、茶、白、黒、金、虹を身に纏った者がその場にいる。

周りの者も自分が何者か分からず、ある者は顔をペタペタと触り、またある者はオロオロと辺りをと見回す。

何人かは、ここにいる者に声をかけたりと自分から行動をし出す。

白を身に纏った者は、紫を身に纏ったものに声をかけているようだ。


「あの…つかぬことをお聞きしますが…。…貴方はどこから来ましたか…?」


紫を纏った者は、少し考えるふりをして困ったように首を横に振った。


「申し訳ないのだけど、私もよく分からないの。力になれなくてごめんなさいね。」


苦笑いをする2人の隣で、今度は虹を纏った者が桃を纏う者と黄を纏う者に声をかける。


「ねぇねぇ!貴方達はだぁれ?どうしてこんなところにいるの?」


ニコニコしながら虹を纏う者は問いかけるが、黄と桃を纏う者はどちらもどこから来たか思い出せず


「私達も分からないのです。気付いたらこんな所にいて…」


「ボクをこんな所に置き去りにしたのは、きっと悪いヤツの仕業だよ!見つけたらただじゃおかないんだからっ!」


なんだか物騒な会話が聞こえているが、気にしない事にしておこう。

1つだけ言えるのは皆、今の状況が飲み込めず混乱しているのは確かだった。

状況が飲めない以上無闇に行動を起こすことは危険だ。

なので、私はしばらくこの部屋の様子を見ることにした。


先程から部屋にいる黒薔薇のような一寸の光も通さない漆黒の髪、紫薔薇のような神秘的な瞳を持った若い男が1人、はぁ、とため息を付きテーブルに顔を伏せていた。


しばらく様子を見ているとコンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

男がその場から入れ、と声をかけるとバン、と勢いよく扉が開き、女が飛び出してきた。


「貴方!今度の結婚式に使うドレスなんだけどどうかしら?似合う?」


白いドレスに身を包み、くるくると回る白薔薇のように艷やかな白い髪、赤薔薇のように綺麗な紅の瞳を持つ、美しい身なりの若い女が部屋に入ってくる。

男は、私達を見られたくないのか急いで隠すと慌てて女の元に駆け寄る。


「どうしたの、アーテル?調子悪いの?」


女は、アーテルと呼ばれた男の顔色を伺う。

アーテルと呼ばれた男は一瞬、びくりと跳ね上がるがすぐに誤魔化した。


「な、なんでもないよビアンカ。君があまりにも綺麗で見惚れていただけだ。」


ビアンカと呼ばれた女は、首を傾げる。


「そう?調子が悪かったらいつでも言ってね?だってもうすぐ私達の結婚式だもん!とびきりいいものにしたいじゃない?」


くすくすと、ビアンカは笑う。

この2人、結婚するのか。

道理で、さっきから固かったアーテルの雰囲気がビアンカを見ただけで柔らかくなった訳だな。

悪い、悪いと軽く謝りアーテルはぽりぽりと頬を掻きながら、ビアンカをまっすぐ見て告げる。


「…結婚式、とびきりいいものにしような。ビアンカ。」


ビアンカは ぱぁあ、と笑顔になり えぇ!勿論と言わんばかりに嬉しそうに、ぴょんぴょんと辺りを飛び跳ねる。

転ばないか心配になり彼女を止めようとしようとした矢先、ピタリとアーテルは止まり、私達の方に視線を移す。


「…あいつ、喜んでくれるかな…?」


アーテルは私達の方に歩み寄ると大きな手で、私達を愛しそうに撫でた。


…あぁ、思い出した。

私達の正体も、アーテルとビアンカと呼ばれたこの2人の事も、全部だ。

私達は…この2人は…。


そこに、何者かが声を遮る。


さぁ諸君、目覚めの時間だ。


アーテルの声とは違う、透き通った男性の声が聞こえた。


何者だ。


そう声を出そうとした瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

他の者も同じような現象が起きているらしく、皆一斉に床にバタバタと音を立て崩れる。

助けようと手を伸ばすもあと少しの所で届かず力尽き、私の意識は遠くなっていった。


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「もしもし?生きてます?死んでます?おーい。」


茶を纏った者が、ぺちぺちと頬を叩き私を起こしてくれた。

目が覚めると、辺りは色とりどりの薔薇が美しく咲き乱れるとても綺麗な薔薇園だった。

目の前には見慣れない顔をした男も立っている。

私の他にも部屋にいた、茶以外にも様々な色を纏った者も揃っていた。

どうやら、目覚めたのは私が最後らしい。


「やぁ、ダーズンローズの諸君。ご機嫌いかがかな?」


男は軽く会釈をし、ニコニコしながらこちらに問いかけた。

目覚めも何も…と言いかけた所である者が私の言葉を遮る。


「あの…貴方…何者なんですか?夢で目覚めの時間だ、とか言ってたの貴方ですよね…?」


ビクビクと震えながら、橙を身に纏った者が男に声をかける。

男は、質問に快く答える。


「おっと!僕とした事が挨拶が遅れてしまったよ、失敬。僕は、ジャクリーヌ・スキュア=オーバラライデン。呼び辛いだろうから僕のことは、ジャックで構わないよ。ここら辺じゃ、枯薔薇の大魔法使い様とか呼ばれてる。これで良いかい?」


なんだろうな、悪い奴ではないような気がする。


「さて、人として目覚めたての所申し訳ないんだが…君たちに僕からある命令を下さないといけないんだ。聞いてくれるかい?」


前言撤回、悪い奴かもしれない。

なんだいきなり、寝起きの奴らに向かっていう第一声がそれか?

正気なのか?

近くで、仲間の中の誰かの声が周囲に響く。


「おい貴様、何様のつもりでこの私に命令しようとしているのだ?答えてみろ。答えの内容によっては貴様をここで…」


声の主は、赤を纏った者だ。

先程ジャックと名乗った者にズカズカと歩み寄り、睨みを効かせ右手を振り上げようとすると、すかさず緑を纏った者と金を纏った者が止めに入る。


「ちょっとあーた!相手がどんな人か分からないのにいきなり手ぇ出しちゃダメよ!もしかしたら怪我しちゃうじゃない!」


「そうですよ、相手が分からない以上下手に攻撃するのは危険かと思われます。まずは、話を聞いてみましょう。手を出すのはそれからです。」


赤を纏った者はまだ不満はあるものの、万が一の事を考えたのだろう。

黙って後ろに下がっていった。

ジャックはニコニコとしながら、遮られた話の続きを始める。


「いいかい諸君、先程君達が目覚める前にみたであろう夢の一部始終の中にアーテル、ビアンカと呼ばれていた男女の夫婦がいたろう?覚えている人も覚えていない人もいるだろうから、一応説明しておくと…君達はアーテルがビアンカと己の結婚式に用意したダーズンローズセレモニーに使われていた、ダーズンローズなのだよ。」


やっぱり…と声を揃える者もいれば、開いた口が塞がらない者もいた。

それもそうか、いきなり自分の正体を信じろと言うのが無理か。

ジャックは話を続ける。


「さて、では何故君たちが人になったのか。それは…その夫婦が旅に出るという置き手紙を残し、行方不明となったのだ。どうも夫婦の知人や親族、なんなら警察や探偵が周辺を捜索、辺りに聞き込みしたらしいが、手掛かりもなければ目撃情報も一切ないみたいなんだ。手掛かりは残された手紙だけ。…もうここまで言えば分かるね?そう、君達にお願いしたいこと、それは…」


―その行方不明の夫婦を探してきてほしいのだよ。―


ざわざわ…と声が上がる。

話は遮られる事もなく、その後も続く。


「覚えてないかもしれないのを承知で言うが、君たちは相当夫婦から愛されていたからね。何しろ、夫婦にとってはこれ以上ない一生の、唯一の思い出の品なのだから。そこで、夫婦を1番間近で見てきたであろう君達に白羽の矢が立ったのさ。これを人間に変えて、行方不明の夫婦をどうか探してほしい…とね。」


ジャックがコツコツと、私達に歩み寄る。

そして、ニッコリと笑みを浮かべてこう告げた。


「どうだい?夫婦探しの旅に行ってきてはくれないかい?勿論、無事に探してきた暁には君たちが望む褒美をあげない事もないよ?…まぁ答えないっていうなら、君達を元の薔薇に戻すまでなんだけど。…大丈夫、僕も君達を全力でサポートするつもりだからさ?さぁ、ダーズンローズ達よ。君たちの答えを聞かせてくれないか?」


ペラペラと話を勝手に進ませるジャックを横に、不満や苛立ちを隠せない者や危険な旅を嫌がる者も一定数いた。

しかし、口ではあぁ言ってもいざ問いに答えないと、何をされるか分からない。

一生、飼い殺しにされるかもしれないし市場に奴隷として売り出される可能性もあるかもしれない。

主導権は、ジャックに握らされている…もし反抗したら…?

…悲惨な結末は、きっと誰も望まないはずだ。

全員、お互いに目を合わせるとコクリと頷き、首を縦に振った。

それを見たジャックは、ニコリと笑みを浮かべると


「流石だ!夫婦を想う その紛うことなき愛…うんうん、実に素晴らしいじゃないか!やはり、ダーズンローズを選んだ知人たちの目に狂いはなかったってことだね!」


わしゃわしゃと、全員の頭を撫でるジャック。

…お前に何されるか分からないからだよ。

とも、言えないので素直に撫でられておく。

満足に撫でた後 パンパン、と手を鳴らし次にジャックはこう、指示を出す。


「さて!そうと決まれば早速旅支度をしないとね!まずは君たち1人1人に名前をつけてあげないと!赤だの青だの指差して呼んでたらきりがないしな!それに魔物に襲われないように武器も作ってあげたいし、ちゃーんとした服も作ってあげないといけないな、旅先に役立つ軽い魔法もつけてあげたいし、いつ襲われてもいいように鍛錬もしないとね!さぁ忙しくなるぞ!頑張りたまえよ、諸君!」


グイグイと、ジャックに背中を押され薔薇園のすぐ近くにある大魔法使い様とやらの大部屋に押し込まれる。

…この先どうなるんだろうか、私達。


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というのが、つい数ヶ月前だ。


ジャックの補助もあるが私達は普通の人間とは違う為、覚えるが格段に早く、全員雑魚魔物はなんとか一掃出来るくらいの強さは得られた。

後は、自分達で鍛錬したり魔力を高めたり腕を磨くなりすればいいだけ。

いきなり人として目覚めた挙げ句行方不明の夫婦を探せと言われた時は何を言ってるんだ、正気か?と思ったが案外なんとかなれの精神で出来ている。

仲間達とも、初回と比べると仲が良くなったとはまだ言い切れないが、少し、ほんの少し打ち解けたような気がする。

…あの大魔法使い、やることが済んだらあるもの全部ふんだくってやらないと気が済まないな。

そうだ、そうしてやろう。

仲間達にも、協力を仰ごう。


なんて、草むらで寝そべって考え事をしていると黒を纏った者に上から声をかけられる。


「いつまで寝てるんだ…。…もうそろそろここを出るぞ…早く支度をしろ……」


それだけいうと、さっさと仲間達の元に戻っていってしまった。

あ、今は黒を纏った者ではないか。

私達には、もうちゃんとした"名前"があるんだ。

そっちで呼ばないとな。


「すまない、今行く!」


私は、起き上がると急いで仲間達の元に急いで走っていった。


夫婦はきっと何処かで、無事でいる。

無事にいるはずなんだ。

何故そこまで信じているかって?

だってこの当てのない旅は、夫婦が見つかるまで終わらないのだから。


目覚めのダーズンローズ達 終


◀Prequel Chapter1▶